ミニカーおじさんの下町ライフ、趣味のミニカーコレクションや実車・B級グルメ・プラモ工作とほんわかスローなブログです。
I bring you something about model, or real cars, and my easy life.

2016/10/26

500/100,000,000 ささやかな貢献だけど・・


アマトリーチェ市震災復興支援 で始まったアマトリチャーナパスタ。1皿につき100円の寄付とのことでサイゼにいくたびに食べてました。先日、サイゼからアマトリーチェ市に1億円が寄付されたとニュースに出てました。5回ぐらいは食べたので500円寄付、個人はささやかだけどみんなで食べれば1億円!すごいな〜 美味しくて復興支援なんて、サイゼリア素敵です。メニューから消えるまでアマトリチャーナ食べ続けるぞ!おおっ〜 
イカ墨とかもたまに食べたいけどね(笑)

2016/10/22

あらら・・吉野家が


吉野家の前を通ったら、外までならんでる??なんだ、映画の撮影か?(笑)と思ったらsoftbankで牛丼キャンペーンで牛丼一杯タダでした。牛丼で外までならぶとは、キャンペーンの力か、タダの力か・・やっぱりタダ?

2016/10/21

死ぬなら会社やめましょ!

大手広告会社の新入社員が過労で自殺なんて痛ましいニュースが流れました。行き場がなくなっちゃったのかもしれませんね。会社のことで死んじゃうのはあまりにも悲しい。会社やめればよかったのにとおじさんは思います。会社やめるのもある意味勇気がいります。でも、長い人生からみればたいしたことじゃないんですよ。たまには会社に行く電車の反対側の電車に乗りましょう。人生ほんわか大切に。
今日はまじめでした。

2016/10/17

ほんわかイタリアツアー<その8> びっくり!ピサの斜塔にイタリアを見た

HY戦争話が6続いたので、また後半にします。ほんわかイタリアツアーも再開です。


イタリア8日ツアーだとおなじみのピサの斜塔もコースに入ってました。行ってみると傾いている斜塔は大聖堂の一部で鐘撞き塔です。今まで斜塔だけかと思ってた。
遠くから見てもかなりの傾きですね。


近くで見るとすごい迫力!世界遺産だけはあるな〜 昇ってみましたがまともに歩けないほど傾いてます。倒れないのが不思議って感じ。
ただ、もっと凄いのはその建築ヒストリー。工期1173年というから840年も前というのも凄いけど、3階ぐらい作ったところで傾いたそうです。海のそばということもあり地盤の問題でしたが傾きを解消できず。ここで普通の考えだったら違う場所に立て直しと思いますよね。そこが?紆余曲折ありながらも傾いたままバランスを取りながら3階から上を作っていったそうです。よく見ると、逆くの字に曲がってます。建て直すと大理石をよそに取られてしまうのと、この場所に固執したなどの逸話があります。
1990年代に傾き角の是正の改修工事がされ現在に至ってます。
それにしても傾いた上にさらに作ってしまうって考えられないんだけど??・・(笑)
それももしかして将来の観光資産と考えていたら・・さすがルネッサンスの国ですよね。
イタリアって面白いな。
<続く>

2016/10/15

1980年HY戦争勃発、当時のバイク営業マンの「リアルな現場の回想」6  無理あげの先には・・

ヤマハTW200(トレールウェイ)はコンパクトで
太いタイヤが人気でした。
必要ないものを買ってもらうんだから、何が大変ったって最後はお金。バイクショップは大手でない限りそんなに余裕はないのが一般的。自宅の軒先で商売やっているお店も多いです。会社で何台売れましたといってもまだ売り上げ伝票の紙切れだけ。今度はいかに回収するかが大変なんです。必要ないもん売ってるし(笑)
月に2回も集金するのがこの業界でした。なんで?かというとスクーター10万ぐらいで売れたとするとお客さん、またはローン会社から10万円がお店に入ります。普通は10万のうち仕入れは8万・・(台数により増減)だとすると2万の儲けですよね。8万は支払いだからとっておかなきゃ・・・なんて店主がいたら神様です〜(笑)
もちろんそういう神様も多いのですが、そうでない神様も。そこが現金商売の怖いところ、10万は入れば10万儲かったと使っちゃったり、それこそヤマハの仕入れに消えたりです。なんせ必要ないもの売っているので強く出れないしどっちもどっち。スポーツバイクなんか金額が大きいからヤバイ!それで出来るだけ早く、月2回も集金!でした。お店には入れるだけ入れて最後は強制回収?これがHY戦争で本社は売れたといってる現場。売る為には安売り合戦、これじゃメーカーも販売店も消耗線。どうなることやら・・
<続く>
※ブログ記事は30年以上前の個人の思いで話でメーカーの見解とは関係ありません。




2016/10/13

1980年HY戦争勃発、当時のバイク営業マンの「リアルな現場の回想」5 委託ビジネスの無理上げ

スカートで気軽に乗れる原付スクーターは画期的。
スーパーの店先でも展示会やると売れたわ。

店先に並んだスクーターは自分で仕入れたものなのか?
答えはNO!ほとんどがメーカーの委託品で勝手に置いていったというのが正しいかな。空きができたらすぐに置いていくので常に店先はいっぱいだ。そのスペース狙いが各メーカーがしのぎを削る。スーパーの棚取みたいでしょ(笑)でも営業はそれに必死なんです。なんでか?どうするのかというと月末になると置いてあるスクーターを買ってもらえるまで粘るのが営業の主な仕事。ユーザーじゃなくまずは店に買ってもらう。買ってもらうと店先のスクーターは仕入れかな?でも、ほとんど無理に買ってもらうので売り上げならぬ無理上げ(笑)


「社長※〜 今月頼みますよ〜 これ売れないと帰れないんです」と最後は泣き落とし。「今月だけ、ねね。ね」※業界では店主のことを社長と呼ぶ

それが通じるのは1・2回。だって毎月同じ事言ってるもん(笑)
売れてないのに買わなきゃいいのにとも思ったり、お店のこと考えたりして遠慮したりするとヤマハ、スズキにズバっと切られる。情け無用の自己主義?営業だった。HY戦争のシュア争いはこれが現場。ただ、むりあげは次なる試練が待っている。トホホ・・
<続く>

※ブログ記事は30年以上前の個人の思いで話でメーカーの見解とは関係ありません。


2016/10/12

1980年HY戦争勃発、当時のバイク営業マンの「リアルな現場の回想」4 いよいよ本題?

ゼンマイスターターは画期的だったロードパル。
でもエンジンかからねんだ、これが(笑)
バイクの販売はホンダ→各都道府県のディストリビューター(いわゆる問屋的なものでホンダ直系と地元法人など)→販売店と流れきます。販売店はバイク専門店の他、今回の主力であるスクーターなどは自転車店他、自動車ディーラー、スーパーなどでも販売されました。私がいたところは100%ホンダの資本が入った直系のディストリビューターで、従って社長はじめ、常務から部長までホンダの出向。営業マンやスタッフのみ子会社の現場採用です。出向役員は本社から「やってこい!」と任命された人ばかりなので数字第一主義。いい成績をあげて本社に返り咲く、ある意味それしか考えていなかったかな。ホンダのメンツをかけたHY戦争の要因は数字第一主義あると私は思いますね
当月ではヤマハに抜かれながらも年間ではなんとかという苦しい戦いをホンダは強いられてきました。シュア争いは販売数、数を上げるには→安売りというのが泥沼化。安売りという表現より激安売りというほうがピッタリくるかも。スクーターは売れていたといいながらメーカー供給に比例していない。なにしろヤマハやスズキも激しい販売攻勢をかけてくる。とくにヤマハは打倒ホンダをかかげ販売店の取り込みに必死だ。自転車店や小さなバイク店の店先にもすぐに各メーカーのスクーターであふれていった。
あ〜あ、すげー業界に入っちまった。どうなることやら・・
<続く>

※ブログ記事は30年以上前の個人の思いで話でメーカーの見解とは関係ありません。

2016/10/10

1980年HY戦争勃発、当時のバイク営業マンの「リアルな現場の回想」3 <バイクの系譜>

HY戦争を思い出しながらネットで調べて行ったらとても素晴らしいサイトに出会えました!
<バイクの系譜>
http://bike-lineage.jpn.org/etc/hy/hy.html

こちらにHY戦争を詳しく解説してくれてますのでご興味があれば是非おたちよりください。元営業マンの自分が読んでもわかりやすく、よく調べたな〜と関心しました。私の方は現場の思い出話なのでゆるすぎです??(笑)


前回ZUZUKIまできましたが、カワサキはKAWAGASAKIなんて呼ばれてました。かわがさき?それは皮が先、つまりデザインだけなんて卑下してます。技術力に絶対の自信があったHONDAとしては外装デザインだけじゃんってことだったのかもしれません。今ならデザイン力が一番重要なのでカワサキは進んでたといえるかもしれません。のちに販売店の話もしますがカワサキの販売店だけは特別で、店主はみんなカワサキ好きですね。カワサキを選ぶライダーもカワサキフリークでスポーツバイクでカワサキを崩すのは手強すぎでした。
<続く>
※ブログ記事は30年以上前の個人の思いで話でメーカーの見解とは関係ありません。



2016/10/09

1980年HY戦争勃発、当時のバイク営業マンの「リアルな現場の回想」2 JAMAHA?


なにしろHY戦争だ。社内では敵を卑下する言葉を初めて聞いた。YAMAHAじゃなくてJAMAHA?あれれ?似てるけどね〜(笑)ホンダの前に立ちはだかるヤマハはやっぱりじゃまだったことから誰がつけたかJAMAHA。座布団一枚!でしょ。



SUZUKIはZUZUKI? 頭突きのことらしい。その心は?ときどきいいバイク出してガツンと
頭突きをくらう意味。ん〜 これも座布団一枚!(笑)確かにガンマやカタナは売れたわ

で、KAWASAKIは??
<続く>

2016/10/06

1980年HY戦争勃発、当時のバイク営業マンの「リアルな現場の回想」



ホンダとヤマハが原付バイクの提携をするとニュースが出てました。かつての敵は今日の友、そんな時代ですね。HY戦争なるワードに懐かしくもビックリです。
HY戦争・・・リアルタイムにいた私としては「これは後世に語らねば」と思い(オーバー?笑)ブログ発信です。

1980年代初頭、バイク好きが高じてバイク業界を志したことがありました。ホンダ本社がまだ原宿にあったころ門戸をたたいて相談したところ神奈川県の本田技研の2輪総代理店(ディストリビューター)をすすめられ営業マンとして就職しました。時はHY戦争の真っただ中、まさに2輪戦国時代です。横浜の大きな倉庫にほったてごやの事務所、表まであふれんばかりのバイクで圧倒されました。毎日、事務所では配車係のおじさんが本田技研の工場の出荷先と電話で怒鳴り合ってました。要は生産車を何台もってこい!ふざけるな!それじゃ少ねぇ!と。毎日ですよ。それだけオートバイが売れてた時代ですね。というより例のヤマハの追い上げが激しくホンダはなりふり構わず必死。ホンダ牙城の周りは音叉マークの旗本、その後にはSマークも迫ってくるそんな状況でした。毎朝の朝礼はすさまじかったのはいうまでもありません。
<続く>





2016/10/02

iPhon6で、しかもお金をかけずにきれいな撮影にチャレンジ!


自宅でミニカーの撮影がキレイにできるかやってみました。ヨドバシのカメラコーナーとかにいくと立派な撮影機材を売ってますが、お金をかけなくても十分撮れると思います。
だたのコピー用紙をミニカーの下に敷いて奥を持ち上げてます。いわゆるホリゾントですね。写真をキレイに撮るのはすべて光にあります。(と、聞きました(笑))光をうまく回り込ますために台形にコピー用紙を折り、テント状にししてミニカーに被せます。上から蛍光スタンドをあてて、前にも光が回るように三角にしたコピー用紙を置きます。レフ板代わりですね。

iPhoe6で撮影
あとはスタンドやレフ板を調整して何枚か撮ればこんな感じでいけます。1本の電気スタンドでも十分に撮れますね。オークション写真なら十分じゃないかな?
ちなみにこのミゼットは昨日ガチャでまわしたものです。稲村ジェーン?仕様が一発でした。ラッキー!ミラーも付いて良く出来てますが、プルバックはなしです。こういうのついつい回しちゃいますね〜